プロフィール

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はじめまして。『バツイチ男とシングルマザー』をご覧いただきまして、ありがとうございます。

 

このページでは、運営ブログである『バツイチ男とシングルマザー』の管理人・登場人物について詳しくまとめました。

『バツイチ男とシングルマザー』について

2020年1月に開設した当ブログ『バツイチ男とシングルマザー』は、「バツイチ男性」と「シングルマザー」の方が再婚へ向けて人生の大切な恋愛へ、一歩踏み出す勇気になればと思い作りました。

 

下にある運営者にも記載していますが、自分自身結婚・離婚・再婚を経験し、今はシングルマザーと結婚したことで5歳の子の父になりました。

 

離婚した当初は、開放感と次の恋愛に対して、次は絶対に失敗できないという恐怖感もあり、とにかく色々な女性と様々なツールや紹介により関わる機会が増えました。

 

延べ55人の女性と出会ったにも関わらず、最終的にシングルマザーである今の妻と結婚を決意したのには「この人であれば同じ方向を向き、気持ちを分かち合え、常に男と女でいれ、どんな辛いことがあっても離れることがないと確信できたから」です。

 

延べ55人の女性と出会った中で培った恋愛や結婚への考え方、ノウハウ、そして本当の幸せは何なのかを発信することで、1度は失敗してしまったバツイチの男性が「次の結婚が最後」となるよう、手助けできればと思います。

 

またこのブログは夫婦で運営しており、元シングルマザーのyokoもシングルマザーとしての目線から、今子育てや家事、仕事に1人で頑張っている女性へ向けて発信をしています。

 

世間ではシングルマザーの恋愛に対して厳しい意見が多く見られますが、シングルマザーが誇りと自信を持って恋愛でき、そして一緒に子どもに向き合ってくれる相手を見つける手助けになればという考えのもと、シングルマザーに寄り添った記事を書いています。

 

次からは、私たち2人の結婚⇒離婚⇒そして再婚のことを話していきます。このブログへの理解に繋がればと思いますので、少し長くなりますが、ご覧いただければと思います。

 

当ブログへのリンクは、ご遠慮なく貼っていただき、少しでも多くの方の力になればと思います。

 

また、恋愛や再婚にお悩みの方がおりましたら、お力になれるかわかりませんが、ご遠慮なくお問い合わせフォームよりご連絡いただければうれしいです。

 

ただし、本文や画像の一部につきましては無断転載はお断りいたしておりますので、あらかじめご了承いただければと思います。

 

ハナ

【名前】:ハナ(1984年生まれ)
【出身】:釧路(現在は札幌)
【性格】:決断力とチャレンジ精神が取り柄。
【職歴】:福祉関連の施設に勤務。部署のリーダー
【趣味】:海外旅行・国内旅行・映画・海外ドラマ・
スケボー・音楽鑑賞・バンド活動(ベース)
【特技】:早起き、運転
【目標】:家族3人で海外旅行
【音楽】:洋楽punkrock(NOFX,Strung out,Propagandhi,)
                  洋楽pop(Of Monster and Men,  Tayler Swift,Ed sheeran,Maroon5,Coldplay)
邦楽punkrock(HI-STANDARD,Kemuri,ズーカラデル)
     EDM(Sigma,Alesso,Avicii,David Guetta,Zedd)

【映画】:LIFE,ショーシャンクの空に,駆け出し男と駆け込み女,500日のサマー,シェフ
【海外ドラマ】:ハウスオブカード,グレイズアナトミー,The OC,ゲームオブスローンズ)
【リアリティショー】:テラスハウス、あいのり

 

26歳で友達の結婚式に触発され、結婚を決意

26歳で友達の結婚式に触発され、結婚を決意

 

当時26歳だった僕は大学の友人6人といつも仲良く、その中の1人が結婚式をあげました。

 

そこでの感動や周りからの祝福、そして自分が友人代表でスピーチしたこともあり、「結婚ってなんて素敵なんだろう」

 

周りから祝福され、涙を流す花嫁を見て「結婚て素晴らしい」という思いがとても大きくなりました。

 

当時友人の紹介で2年付き合っていた彼女がおり、その彼女へのプロポーズを決意しました。

 

今思うと、なんて浅はかな理由で、後先考えない決断であったと心から思います。彼女は快諾してくれ、150万円かけて盛大に結婚式も挙げました。

 

いざ結婚してみると・・

 

「今日からお小遣い制ね。月15000円あげるからそれでなんとかして」と一方的に決められ、僕はタバコを吸うのでたばこ代と少しの飲み代で毎月終えていました。

 

また付き合っていた頃は彼女はとても優しく、いつも笑っている子だったのですが、結婚してみるとほぼ毎日不機嫌になり、理由を聞いても教えてくれなかったり。

 

答えるまでに何時間も待ち、結局出た答えは「僕がTVで出た美味しそうな料理を見ていった一言が気に入らなかった。私の料理に不満なの?」というものでした。

 

そんな彼女の理解できない勘違いが続きました。

 

仕事では年々任される仕事が増え、キツイ仕事も増え、体調を崩し血圧が上昇する日々を過ごしていました。

 

そんな中でも彼女は、姉が医療事務をしている理由から自分は医学を知っているというようなわけのわからない理由で「そんなの大丈夫。気にしすぎ」とつきはねました。

 

結局私は検査入院をすることになりましたが、心配どころか、心配する僕の母親にまでも「大丈夫ですよ。そんなに心配しなくても」と言い放ちました。

 

どこにそんな自信と根拠があるのか。「もしも」を考えないのか。家族なのに心配しないとあるんだ。

 

そんな気持ちでおり、離婚を考え始めました。もうその頃には彼女に対する愛情は消えかけていましたが、でも結婚したんだからそんな簡単に離婚なんて・・という気持ちで、なんとかお互い向き合う方法を模索していました。

 

しかし、月日が経っても彼女の愛情は感じられず、そして僕も家に帰りたくなり、仕事はきついけどまだ職場の方が楽しいとまで思ってきました。その頃には、自分の家が最も安心できない、最も心落ち着かない場所となっていたんです。

 

そしてついに離婚を決意しました。しかし、彼女は一切の拒否。結局調停に持ち込まれることとなりました。

 

調停で100万取られた話

調停は、そもそも裁判ではないので、お互いの意見を聞き、妥協点を見つけるサポートをところです。

 

そのため別々の部屋に通され、調停員と事の経緯や自分の思い、そしてお金のことを話し合いました。待合室には弁護士をつれた多くの離婚待ちの人々がおり、圧倒されたのを覚えています。

 

僕は弁護士費用なんてないので、雇うことはありませんでした。3回の調停の日が用意されており、3回で決着がつかなければ離婚裁判になるとのことでした。

 

相手は離婚を申し立てられて傷ついたとのことで慰謝料として「300万円」を要求してきました。

 

300万円?馬鹿な。子どももいないし、不倫もしていなければ、お金の浪費もしていない。DVやギャンブルだってしていない。真面目にとにかく結婚生活を取り戻そうとしていたのに、300万。

 

頭が真っ白になり、冷や汗をかきましたが、調停員は言いました。「ばかげています。さすがに300万はない。むしろ1円も払わなくて良いと思いますよ」

 

僕は安心しました。しかし、調停員はただサポートをするだけなので、彼女の言った金額を取り下げるように義務付けることはできません。

 

相手は引き下がらず、結局3回目の調停の日まで来てしまいました。この3回目で決着がつかなければ離婚裁判になってしまう。そうなれば、さらにお金と時間がかかってしまう。

 

すると相手もそう考えたのか、要求を100万円へ下げてきました。裁判だけは絶対にしたくなかったので、後悔はありますが支払って決着させることにしました。手切れ金として。

 

帰り際にエレベーターを待つ彼女を遠くに見つけました。その眉間にしわを寄せて苛立っている彼女の顔は今でも忘れることはありません。

 

それが彼女を見た最後でした。

 

1回目の結婚を通して思う事

私はもしかしたら「結婚に焦がれていただけなのかもしれません」

 

友人の結婚式を見て、自分もああなりたい。キレイな花嫁と幸せな結婚生活。子どもに囲まれて、子煩悩なおやじになるんだという夢を見ていただけでした。

 

相手がどんな人なのか見極める力もなければ、女性という相手を理解してあげれる力もありませんでした。

 

彼女が悪いように書いてしまったかもしれませんが、自分も相手への思いやりに欠けていたのかもしれません。

 

理解しようとしましたが、まだその力が備わっていませんでした。

 

行き当たりばったりの結婚は、自分に最悪な結末を用意していました。

 

離婚して、自分と女性を見つめなおす修行に出る

離婚して、自分と女性を見つめなおす修行に出る

 

離婚をしてみると、今までの圧迫感から一気に開放されました。

 

自分の決断が間違いであったかの確信はまだ持てず、本当に離婚して良かったのだろうかという気持ちは心のどこかにありました。

 

それでも開放感から、とにかく友人を誘っては飲み歩いていました。

 

mixiでの出会い

そんなある日、友人がmixiのグループチャットで出会った女の子とエッチをした話を聞きました。

 

そういえば、浪人時代「出会い系」にハマっていた時期がありました。もちろん全力で勉強していましたが、時々出会い系で女性を誘っては、家に行き、男女の関係を楽しんでいました。

 

その時には、この「【初心者向け】マッチングアプリだって出会いけでしょ!違いはない?安全に使う方法」にも書きましたが、詐欺にお金を騙されて10万円取られることもありました。

 

そこで友人に誘われるがままにmixiに登録をし、グループチャットに入ってみました。とにかく、色んな人がいて常にLINEがピコンピコン言っている状態でした。

 

なんてことない、ただの世間話やコイバナをするチャットだったのですが、それが楽しくてついにはみんなでご飯を食べに行くことになりました。

 

その時時間が合った女の子3人、男3人で焼肉を食べに行きました。グループチャットは顔が見えない状態なのでどういった人が来るのかわかりませんでした。

 

会ってみると正直、他の男二人は恋愛慣れしているようには思えませんでしたが、女性を口説き落とそうと必死でした。確かに女性3人ともかわいく、中にはとてつもない美人もいました。その子は年齢は24歳でした。

 

でも離婚したての僕は特に恋愛する気もなく、ただ楽しければOKという感じだったので場の盛り上げ役に回り、会話を楽しんでいました。

 

帰り際、女の子はみな地下鉄で来ていたので、誰が車で送るかという雰囲気になりました。僕は別に誰も送ろうという気もなく、「早く話し合い終わんないかな。2人ともやる気満々なんだから、2人で送ればいいじゃん」と思っていました。

 

さすがにさっさと帰るのはブーイングが来ると思ったので待っていると、1人の女の子が僕の車に乗ってきました。イヤイヤめんどい。やめてくれと思いましたが、仕方なく送ることにしました。

 

でもいざ車に乗ってくると女性の良い香りがして、急にテンションが上がってきました。家につくとなかなか女性が降りたがらないので、「どうしたの?」と聞くと、「上がっていかないの?」と。

 

「おいおい、これは全然考えてなかったけど、実はイケるやつだろ」と思い、家に上がりこみました。しばらくして、お互いいい感じになり、キスをしていました。

 

しかしです。ここで事件が起こるんです。その気になってきた僕がいざ仕掛けようとすると「家に上げたからって、簡単にさせると思わないで」と言われてしまいました。

 

そこで女々しく何度も仕掛ける僕。断る女の子。結局その日は寝て朝に帰りました。

 

この事をきっかけに「自分に何が足りなかったんだろう。女性の気持ちがわからない、女の子をドキドキさせる会話ができるようになりたい、カワイイ子とエッチができて、モテる男になりたい」と思うようになりました。

 

その後もmixiで出会った別の女の子と遊びに行ったり、家に行くこともありました。でもそううまくはいきませんでした。

 

元バイト仲間のナンパ師との再会

 

恋をすることはありませんでしたが、色々な恋愛本を読んでみて試してみたり、大学で心理学を学んでいたので恋愛心理学についても勉強してみることにしました。

 

そんな中、学生の頃のバイト仲間から飲みに誘われました。

 

彼が元々ナンパ師であったことは前から知っていたので、ちょうどよく色々な恋愛のノウハウや女性の見極め方、自分のスキルアップにつながるような具体的な話を聞くことができました。

 

彼と一緒にナンパもしました。彼は常に名刺入れにLINEのIDが書いてある紙を数十枚用意して歩いていました。

 

どうせそれを渡して数うちゃ当たる作戦だろと思っていましたが、違いました。

 

彼はこの子と決めた子に狙いを定めると・・・

 

「すいません。一目惚れして、どうしてもあなたと話したくて、すごく勇気を出して声をかけたんです。この機会を逃したら絶対後悔すると思って。できたらお話ししたいんで、これ今書いてきたので受け取ってくれませんか?」

 

「いやずっとその紙カバンに忍ばせてたろ」とツッコミたくなりましたが、口説き文句には感動しました。

 

何とも気持ちのこもった口説き文句を時間をかけて話していたんです。

 

女性もしっかりと彼の話を聞き、しばらく考えてから受け取っていました。

 

そして、その日1日で5人の子に声をかけ、全員からLINEが来たんです。

 

彼が言うにはLINEが返ってくるだろうと見極めた女性にしか声をかけず、心から彼女に惚れたということを伝えているそうです。

 

そして彼はデートの日、絶対に1回目はエッチはせず、2回目で必ずするようにしているそうでした。

 

そんなノウハウをこれでもかと教えてもらい、実際に僕も全員とまではいきませんが数人の女性からLINEが来るようになりました。

 

確かに彼は顔はかっこいい部類には入りますが、なんていっても服装がダサい。服装だけなら僕の方が少しはセンスがあると思います。

 

それだけダサい。にも関わらずこの成功率はすごいと思いました。

 

マッチングアプリとの出会い

マッチングアプリとは、偶然Facebookを見ていたら広告に上がってきて見つけました。

 

でも1度出会い系で騙された経験があるので、ヤバいやつだと登録しませんでした。

 

そこでナンパ師の友達に聞いてみると、「絶対にやった方がいい。すでに何人もの女の子とデートに行っている」とのことでした。

 

そのアプリは、ペアーズでした。

 

「大丈夫なの?カモられない?業者とかいそうだけど」とナンパ師に聞きました。

 

ナンパ師は「いるよ。でも見分けるの簡単だから、全然問題ないし、出会い系より見極め簡単だよ」と言っていました。

 

その時のノウハウは「婚活アプリ・婚活サイトに潜むサクラや業者とは?特徴と見抜く方法を解説。もう騙されない

 

に書いてありますので、参考にしていただければと思います。

 

実際使ってみると、月額定額制で飲み代1回分より安く1ヶ月遊べるし、これはいい!

 

「女の子とのメッセージが楽しくてたまらない!数も多いし、選ぶだけでもワクワクする!」

 

実際に何人もの女の子と出会い、ナンパ師から培ったノウハウで色んな女の子と出会いました。

 

マッチングアプリも使っていけば、色々な種類のアプリが出ていて、年齢や目的に合わせて楽しめるので当時は金もそれなりにあったし、色々なマッチングアプリを使って遊んでいました。

 

数えてみれば延べ55人の女性とデートに行き、そのほとんどと男女の関係になれました。

 

マッチングアプリを使って思うこと

使っていく中で、色々な女性と出会うことができました。

 

ある時は、タップル誕生を使って「松岡茉優」に似ている女性と出会い、半同棲のような状態に数か月なったこともあります。

 

その子はスタイルも良く、声がとにかくカワイイ。少しハスキーでボディータッチが上手な女の子でした。

 

ある時は、12時に家に呼ばれ、ドアを開けてみると「ガンバレルーヤのよしこ」が立っていることもありました。

 

残念ながら女性にモテるスキルは身についていましたが、リスクを回避するスキルは持っておらず、

 

「ちょっと目が痛い。あ~なんか目が痛くなってきた。なんでだろ。」

 

「えっ、大丈夫?目冷やす?」

 

「いや、ちょっと我慢できないから今日は帰るね」

 

と、わけのわからない理由で帰ったこともあります。ある意味女性を傷つけてしまったので、後悔はしていますが・・。

 

離婚以来女性と付き合うことが怖ったので、誰1人とも付き合いませんでしたが、ある日をきっかけに恋をすることになりました。

 

今の奥さんとの出会い~再婚

今の奥さんとの出会い~再婚

 

延べ55人の女性と出会ってきた僕ですが、1度も恋はしませんでした。

 

もしかしたらしていたのかもしれませんが、離婚以来恋に臆病になっており、女性と仲良しこよしになるスキルは持っても、それ以上足を前に進めることができませんでした。

 

もちろん告白されたこともありますが、それも全て断っていました。

 

ある日マッチングアプリOmiaiをしていた時、ある女の人の写真が出てきました。

 

顔を少し隠しており、はっきりと顔は見れませんでした。プロフィールには「シングルマザー」と書いてありました。

 

「シングルマザーか。まぁそれも良いか。」と今考えれば上から目線で「いいね」を押しました。

 

しばらくすると「いいね」が返ってきました。彼女はyokoという名前でした。

 

はじめは特にシングルマザーについて触れず、趣味の話や仕事の話などマッチングアプリでよくある話をしていました。

 

でも音楽の趣味が偏っている僕ですが、彼女も洋楽が好きとのことで意気投合しました。

 

好きなバンドやアーティストを紹介し合ったり、youtubeの動画を送りあったり。

 

話をしていく中で、当然離婚の話にもなりました。お互いバツイチということで、なぜ離婚したのかを話しました。

 

彼女に離婚理由は、元夫が子どもに対して暴力を振ったことでした。当時1歳だった今の僕の息子は潜在的にその記憶があるようで、今は少ないですが時々夢に男の人に叩かれる夢を見るそうです。

 

そんな話をするうちにお互い辛かった過去を共有するようになりました。こんな深い話ができたことは、彼女以外の54人ではあまりありませんでした。

 

デートをすることになり、カフェで2、3時間話ました。その時には、シングルマザーについてや、日々の忙しさ、子育てについてなど、様々な話をしました。

 

大変そうな話なのに、不思議と笑顔で嬉しそうに話す彼女を見て、「こんな人いるんだ」と思いました。

 

1人で子どもを育てていくことの大変さはもちろん話してくれました。

 

でも、子育てが楽しいということも教えてくれました。

 

色んな工夫をして子どもを喜ばせ、イベントごとは欠かさず、毎年彼が好きなキャラクターのケーキを手作りし、彼のためにエプロン絵本を作ったり・・・。

 

今まで感じたことのない暖かい気持ちになりました。彼女が子どものことを話す顔を見ていると、こちらまで嬉しくなりました。

 

そして、離婚して以来今までに味わったことのない経験をすることになります。

 

それは、「もう他の女性とは出会いたくない。この人とずっといたい。」

 

帰ってすぐにマッチングアプリ全てから退会し、全てのアプリを消しました。

 

それからデートを重ね、ある日子どもに会わないかと言われました。

 

子どもとの出会い

子どもとの出会いに関しては、「子連れ再婚の不安は「子どもを愛せるのか」実体験で答えます」に詳しく書いてあります。

 

とにかく、彼と出会った時の感動は忘れられません。元々子ども好きであったとは言え、「他人の子を心からカワイイと思えるのか」という漠然とした疑問と不安がありました。

 

でも、その不安は彼に会うとすぐになくなりました。「この子なら」

 

そんな気持ちでした。

 

彼は彼で、父親の潜在的な記憶から「男の人」に近づくことができない子でした。友達のお父さんを怖がったり。

 

そんな彼が、初めて会った僕に恥ずかしそうにしながらも、しっかりと自己紹介をしてくれ、そして僕の膝に座ったんです。

 

奥さんはそのことが信じられなかったそうです。夢を見ているのか。今までの彼はなんだったんだろうか。なぜこの人にはすんなりと受け入れたのか、今だにわからないそうです。

 

再婚してから

 

再婚してからというもの、「この子なら」という気持ちは変わりませんでした。

 

彼女に対しても「この人と結婚して本当によかった」という気持ちしかありませんでした。

 

それでも、ついこの間まで他人の子であった彼を「本当に愛せるのか」という気持ちはありました。

 

彼女はそのたびに相談に乗ってくれ、彼との関係で涙を流してしまうこともありました。

 

それでも少しずつ少しずつ「家族」になることができ、そして「親子」になることができました。

 

彼も僕を少しずつ信頼してくれるようになり、僕も少しずつ彼の気持ちがわかるようになりました。

 

ある日こんな疑問を彼女に言われました。「ハナは息子のために死ねる?」

 

僕は自分の子を持ったことがありません。なので、自分の子を持った人の気持ちを感じることはできません。本当の親だったら、きっと死ぬことができるんだと思いますし、奥さんは「死ねる」と言っていました。

 

僕は「死ねないね」と言いました。それは正直な気持ちでした。

 

でも、将来時間がかかっても「そんな気持ちになれたらいいな」と思います。

 

彼が20歳になったら、2人で一緒に居酒屋でお酒を飲むことが僕の夢です。

 

 

 

これまで、離婚から再婚までの話をしてきました。

 

長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

伝えたいことは・・・

  • 人生の大切な決断を勢いに任せてはいけない
  • でも、失敗しても必ずやり直せる
  • やり直すためには、自分を磨き上げること。相手が悪かったのではなく、自分が未熟であったと考え、鍛錬と修行を積むこと。
  • 女性の気持ちを掴むには練習が必要。それにはたくさんの女性と出会い、友人を大切にすること(必ず力になってくれる)
  • 自分を磨けば、相手に伝わり、「この人だ」と思える人と必ず出会うことができる

 

少しでもこのブログを通して、これから新しい恋や結婚に向けて一歩を踏み出そうとしている人の力になれば嬉しいです。

 

 

yoko

 

【名前】:yoko(1984年生まれ)
【出身】:札幌市近郊(現在は札幌市)
【性格】:強がり、不器用、優しい、家族・友達思い
【職歴】:ウエディングプランナー、事務、児童デイサービス
【趣味】:DIY、海外ドラマ、PUBG、ポケモンGO

【目標】:年に一度の海外旅行とハンドメイド作家を目指す
【音楽】:carly rae jepsen、JESS GLYNNE、Little Mix、Fifth Harmony

【映画】:ブリジットジョーンズの日記、ロードオブザリング
【海外ドラマ】:グレイズアナトミー、プリティリトルライアーズ、ザ・ソサエティ
【リアリティショー】:あいのり、テラスハウス、クィアアイ

 

yoko
こんにちは!元シングルマザーの yoko です。

 

シングルマザーになるまで

シングルマザーになるまで

 

息子が1歳5か月のとき、前夫による子どもへの虐待が発覚しました。前夫が仕事へ行ったのを見計らい、必要なものだけを持って遠方にある実家へ息子を連れて逃げるように戻りました。

 

実家へ戻った当日、私と息子がいないことに対して前夫からメールで連絡がきました。いなくなったことに対して特別怒ったり悲しんだりする様子はなく、ただ「yokoだけでも戻ってきてほしい」という内容が書かれていました。

 

前夫は真面目で優しく、子ども好き。お酒はたしなむ程度でタバコもギャンブルもせず、女にだらしないわけでもない。とにかく私を大切にしてくれた人でした。

 

しかし、子ども好きであった前夫は私の妊娠を知っても喜ぶことはなく、出産をして我が子を見ても笑顔になることはありませんでした。

 

息子といて笑顔になるのは、外にいるときだけ。良き夫、良き父であることをアピールするかのように周りに振舞い、息子を抱っこしていましたし、可愛いと口にしていました。

 

逆に家では息子が夜中に泣くと「うるさい!寝れないだろ!早く泣き止ませろ!!」と怒鳴り、我が子と関わろうとすることはありませんでした。

 

「離婚」という言葉は何度も自分の頭に出てきてはいたものの、息子に危険が感じられることがなかったこと、息子にかかる費用を払ってくれていることもあり、あとは前夫の「父親としての気持ち」だけだと思っていました。

 

でもそれは私が強制的にどうにかすることではなく、前夫自身が少しずつでも我が子を可愛い、愛おしいという気持ちになっていってもらえたらいいなという思いを私が持つことが大切だと考えました。

 

ベビーカーを押して一緒に散歩、子どものイベントやお出かけを私が提案し、前夫に参加してもらうことから始めました。最初は月に1回から。徐々に回数を増やしました。

 

常に前夫の顔色を伺い、下手に出るような話し方をしている私。育児を理由に家事がおろそかになってしまうことは避け、家事や前夫の身の回りのことは完璧にこなし、何も言われないように過ごす毎日。

 

「自分が努力していれば、きっと前夫の気持ちも変わっていくだろう」と、とにかく必死でした。

 

それでも何一つ変わったところはなく、やりきれない気持ちでいっぱいになり始めたころ、あの日を迎えます。

 

別居してから数週間、いろんな思いがありましたが、

 

「もうこの人と一緒には暮らせない」「もう家族ではいられない」

 

この思いが一番強く、離婚したいという私の気持ちを前夫に伝えました。

 

が、返ってきた言葉は「子どもがいなければ幸せになれるよ」でした。

 

そのまま離婚調停となり、虐待したという証拠もなかったことから話し合いが長引き、別居してから1年以上かけてようやく前夫との離婚が成立しました。

 

子どもを守るための離婚であったのに、親族からは「妻としての気持ちや努力が足りないから虐待なんてされるんだ」とか、「母子家庭は恥」、「片親で育つ子どもはろくでもない子に育つ」等、非難され続け

 

シングルマザーが世間からどう見られ、どう思われているのかを離婚直後に身を持って経験しました。

 

実家から離れ、息子と2人の生活がスタート

 

息子の3歳児健診にて、言葉の遅れや微細運動、こだわりの強さ等を指摘され、「まぁ…母子家庭だし、できないこと多いかもね」と言われてしまいました。

 

悔しい気持ちでいっぱいになり、「なんとかしなきゃ」、「できない事をできるようにしなければ、シングルマザーだからという理由だけでまた何か言われてしまう」とも思い始めました。

 

母の言葉

母の言葉

 

なんとかしなきゃと思えば思うほど、息子に向かって「どうしてできないの!」と感情任せに怒ることが増え、泣き疲れて眠る息子を見ては反省しての繰り返し。ついに私の心に限界がきてしまい、母に電話をしました。

 

母の声を聞いた途端、私は子どものように大泣きをしながら

 

「もうどうやって育てていいのかわかんない!私はどうしてこんなにダメな母親なの!?息子と一緒に死ぬ!」と言っていました。すると母は無言のまま電話を切ります。

 

「あぁ、実の母親でさえこんな私に呆れてしまったんだろうなぁ…」

 

こう思ってからの一瞬は不思議と辛くもなく、悲しくもありませんでした。なぜかとても冷静で、この世からいなくなるんだったらせめて家族には手紙を残したいと便箋を探し始めます。

 

玄関のほうからドタバタと音が聞こえ、母の声が聞こえました。

 

「あ~よかった…生きてた…」

 

母は私からの電話を切ったあとすぐ、たまたま実家へ遊びにきていた私の妹を連れ急いで私の元へと向かってくれていました。妹は私の息子と遊び、母は私の話しを聞いてくれようとしました。

 

ひたすら相槌をうち、私のぶつける感情を黙って聞いてくれている母に、離婚のときから今の状況に至るまでの出来事や気持ち、悩みや不安をただひたすら話しました。

 

全て言い切ったあと、母は一言

 

「よく一人でがんばってきたね」と。

 

このたった一言で私の抱えていた色々なものがスーッと消えてなくなったというか、何かから解放された、そんな気持ちになり私はまた大声で泣きました。

 

この日から母は毎日のように連絡をくれ、時間があるときには顔を見に来てくれるようになり、息子を連れて3人でお出かけしたり散歩したりするようにもなりました。

 

自分の気持ちが楽になったことで今まで見えてこなかったことも見えてくるようになりました。

 

保健所で指摘された息子の発達や行動について色々調べ、

 

「あれ?もしかしてこれって発達障害かも」と思い、息子を連れて札幌のクリニックに行きました。

 

息子の様子を見るなり先生は、「あ~、お母さん大変だったでしょう?一人でよく頑張ってきましたね!」と。

 

じっくり息子の様子をみたわけでも、私から話しを聞いたわけでもないのに全て把握したかのように言われたこの言葉にビックリしましたし、いくら先生とはいえど全くの他人である人から「がんばってきましたね!」と言ってもらえるとは思ってもいませんでした。

 

「とりあえず、集団生活をさせましょう」ということで、通わせるつもりだった幼稚園へ連絡をし事情を説明すると「うちの園ではそういった子の受け入れはしていません。幼稚園はハードルが高いと思いますよ」と言われ、断られてしまいました。

 

だったら保育園しかないと思い、一番近くの保育園へ連絡。面談をしてから決めたいとのことで、息子を連れて面談へ。

 

「今の息子さんの様子だと、加配の先生をつければ受け入れは可能です。」と言われ、安心したのも束の間、「ただ…加配の先生は募集をしてきてもらわないとならないので、すぐに入園はできません」と今度は言われてしまいます。

 

迷いましたが、「集団生活」の中に息子を置く必要があるので待ちますと伝えました。

 

何も連絡がないまま2か月、スーパーで買い物をした帰りにたまたま高校の同級生に会いました。

 

そこでお互いの近況を報告し合い、今の私の状況を聞いて友達は、「それなら〇〇っていう療育園に連絡してみたら?うちの次男が通っていたけど、とってもよかったよ!」と聞いて、さっそく自宅に戻りその療育園に電話。

 

現在は定員がいっぱいで受け入れができない状況だけど、よかったら見学だけでもということで後日見学へ。偶然にも、通っていた子が退園して空きが出たとのことでその場で契約、入園の手続き。一週間後に療育園に母子通園で通うことになりました。

 

療育園には本当に個性豊かな子がたくさんいて、似たような悩みや経験を持つお母さんしかおらず、お母さん同士打ち解けるまでは非常に短かったです。

 

決して友達には理解してもらえない悩みや不安なんかも、お互いに相談し合えたことや子どものほんのささいな「できた」に対して一緒に喜んでもらえることが私にとってなにより嬉しく、「こうでなければならない」という息子に対して求めていたものが自然となくなり、本当の意味で息子と初めて向き合った育児ができるようになりました。

 

息子のこだわりの強さや突然泣いたり暴れたりすることに対してもオロオロすることがなくなり、自分をほかのお母さんと比べることも、息子をほかの子を比べることもなくなりました。

 

息子が言葉にできない伝えたいことをスムーズに伝えるには、印刷したイラストと一緒に言葉をカードに書いて壁に貼り付けてみる。

 

大好きなミニカーをしまう順番を記録し続け、車の名前を言いながら一緒にお片付けをする。

 

3という数字にこだわりがあった時期はスーパーのレジも3番。お店に入って3番レジがしまっているときは、最初のころはそれだけで買い物をやめ、徐々に今日は3つお買い物をするよ~!一緒に3つ探しに行こうね!と伝え続け成功。

 

発達障害かもしれないと悲観に思ったことはなく、むしろそうでなければ息子とちゃんと向き合っていなかったと思っています。

 

息子を通して出会えた子どもたち、その子のお母さんたち、先生たち。常に味方でいてくれて支えてくれる家族。

 

本当に感謝しかなく、みんながいたから今の私がいる、と思っています。

 

母子通園から単身通園へと変わり、私は知り合いの紹介で事務と雑用の仕事を開始。仕事と子育ての両立は大変でしたが、以前のようにひとりで抱え込み、泣くことはなくなっていて大変ながらも息子と一緒に充実した日々を過ごしていました。

 

今の主人との出会い~子どもと会うまで

 

今の主人との出会い~子どもと会うまで

 

シングルマザーになって約4年、その間一度も彼氏がほしい!とか、再婚したい!と強く思ったことがなかった私。

 

務めていた会社の同僚からの一言でマッチングアプリを始め、今の主人と出会いました

 

見た目も話し方もチャラい…だけど、再婚するぞ!と思っていなかったこともあり、そのくらいのノリがちょうど良く、洋楽好きなところで話しが盛り上がり、「異性」というより「友達」という感覚で一緒にランチしたりカフェでゆっくりコーヒーを飲みながらいろんなことを語り合いました。

 

話しをしていく中で、子育てについて話したとき主人はこう言いました。

 

「やー、すごい大変だったんだね。それを一人でやってきたの本当にすごいよ!よくがんばったね。」と。

私に対して、「がんばったね」と言ってくれたのは主人で3人目。子育てをしたことのない主人が真剣に話しを聞いてくれて、私が嬉しそうに話すと一緒に微笑んでくれて、悲しそうな話には同じような気持ちになってくれて。この瞬間から

 

私が結婚していたとき前夫に求めていた、「共有」をしてくれた主人のことを初めて異性としてみることができました。

 

子どもと初対面

子どもと初対面

 

息子は本当の父親の顔を知りません。

 

ですが、「男のひとがすごく怖い顔をしながら僕のことを叩いてくる夢を見た」

 

と何度も泣いて起きてきたことがあります。実家へ戻ってからしばらくは男のひとを見ただけで泣いていましたし、療育園へ通っていたころも、お友達のお父さんが怖くて近寄ったりすることはもちろん、話しかけられても逃げてしまうことが続いていました。

 

そんな息子が、今の主人と初対面のとき

 

自分の名前をしっかりと伝え、自ら主人の膝の上に乗り自分の大好きなトミカを紹介している様子がとても自然で、息子に何が起こったの!?と、とにかく驚かされっぱなしでした。

再婚に至るまでの詳しい内容はこちら

 

再婚

再婚

 

再婚によって、私と息子は主人のいる隣の市へと引っ越しをしました。

 

私と息子にとって慣れない環境、今まで近くで支えてくれた家族や友人がいない中での生活は本当に大変でしたし、今まで一人でなんでもやってきた習慣が抜けず、主人に甘えたり頼ったりすることもなく、主人にモヤモヤさせてしまったり寂しい想いをさせてしまっていたことなどから、たくさん主人と衝突しました。

 

でもそれらがなければ「こんな私と結婚してくれた」という引け目を感じていた気持ちはなくならなかったと思います。

 

私の強がりな性格がジャマをして、素直に甘えたり頼ったりが今も上手にできていませんが、それでも私の性格や考えを理解しようと努力してくれ、受け止めてくれる主人には本当に感謝しかありません。

 

そして、息子も主人のことが変わらず大好きで

 

「お父さんがお父さんでよかった!ぼくたち幸せだね!お母さん」

 

と笑顔で言ってくれた言葉は、今もずっと私の胸に大切にしまってあります。

 

最後に

シングルマザーは、世間からよく思われていることがほとんどありません。

 

だから一人で悩みを抱え込んで、どうしようもなくなってしまった結果としてニュースに取り上げられてしまうような悲しいことが起きてしまうのだと私は思います。

 

私はとにかくがむしゃらに仕事も育児もなんもかもやってきました。それは子どもを産んだ責任や離婚してひとりで子どもを育てる責任が自分にあるのをわかっているからこそ、追い詰められた状況になっていったと思っています。

 

私がシングルマザーのときに「よくがんばったね」と最初は母から、次にクリニックの先生、最後に今の主人と出会ってからの3回、言ってもらいました。なんてことのないように感じるその言葉は、当時の私にとって自分を受け入れる・自分を認める大切な言葉であり、実際にその言葉のあとには

 

「味方がいてくれる、手をさしのべてくれる人がいること」

「誰かに頼ることはダメな母親ではないこと」

「自分も幸せになっていいんだ」

 

という、3つのことに気が付くことができました。

 

そうすることで、世間からのシングルマザーに対しての声をスルーできるようになり、困ったときや悩んだときに相談して気持ちに余裕を持たせることができるようになり、

 

シングルマザーとしての自分が胸を張って生きられるようになったことで主人と出会い、今は家族3人、前回の結婚では叶えられなかった幸せを自分の手でつかむことができました。

 

今あなたに伝えたいことは

 

シングルマザーだからと殻にこもったり、やさぐれたりすることはなくって、むしろ誇りに思っていいんです。そしたらきっと今まで以上にあなたはステキになるし、シングルマザーということがチカラに変わります。

 

自分の今までの経験から、シングルマザーならではの悩みや不安、困りごとに寄り添いながらブログを書いていけたらと思っています。

 

とっても長い文章をここまで読んでくださり、どうもありがとうございました(*´ω`*)

 

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2020年1月19日

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